大分県 日岡小学校「減災みちしるべ」 づくり #1

2020年11月11、13の両日、大分県大分市の日岡小学校で5年生58人が「減災みちしるべ」づくりに取り組みました。

大分県の全景です。県庁所在地の大分市は中央に位置し、北側の別府湾は瀬戸内海の一部です。東側の四国・愛媛県との間にある豊後水道は、南海トラフ巨大地震の際、南側の太平洋から津波が押し寄せるとされています。また、別府湾周辺には多くの断層があり、直下型地震と津波も心配されています。
大分市の拡大です。日岡小は中央付近にあります。昔は遠浅の砂浜が広がっていましたが、1960年代に埋め立てられて71年に製鉄所が稼働。水田が広がっていた校区内は区画整理され、事業所や住宅、マンションなどが立ち並ぶ光景に変わりました。大分川河口周辺の平らな地形で海抜は数メートル程度です。

今回、大分大学減災・復興デザイン教育研究センターの活動に協力している
同大学生たち約20人と共に8班に分かれて、受け持ちの区画を約1時間歩きました。

【11日の様子】壊れたブロック塀を見つけました。さっそく地図に書き込みます。
月決め駐車場は、いざというときの避難場所になるオープンスペース。
大雨で水が噴き出すと外れることもある側溝のふたをチェック。
消火栓を発見。「こんなとこにあるんだ」とびっくり。
「あれは何だろう?」いろんなものに興味津々。
古い空き家も意外とありました。
実は、小学校自体が津波避難ビルになっています。
【13日の様子】白地図やみちしるマークを手に学校を出発!
建物の上から落ちてくるものがないか、見上げてチェック。
みちしるマークでチェック項目を確認。
大雨で水があふれたことがある道路にはこんな看板も。
白地図が埋まるくらいの勢いで書き込みがあります。
公園には、
自主防災会の倉庫がありました。
電柱の海抜表示は、
普段から防災を意識する身近な存在。
身長より高いブロック塀は
気になる存在。
東日本大震災の後、住民に避難を呼び掛ける防災無線のスピーカーが設置されました。子どもたちは、みちしるマークに示されたチェック項目を見つけようと、自分たちが暮らしている街を歩いて回りました。
目に付いたのは、老朽化したブロック塀。普段はあまり意識していませんが、地震で崩れそうなところが多いことに気付きました。また、人が住んでいる気配がない家も意外とありました。カーポートの屋根が割れていたり、玄関の扉が壊れていたりといった、すでに危険な状態になっている家もありました。地面に目を向けると、つまづきそうな道路の段差や、雨水があふれそうな側溝などが気になりました。一方で、いざというときに備えたものもたくさん見つけました。
電柱に貼られている海抜表示や、「津波避難ビル」と表示された建物、道路に設置された消火栓、避難場所になる月決め駐車場といったオープンスペースや、「セーフティーステーション」の表示があるコンビニエンスストアなど、自分たちを守ってくれる存在も確認しました。自主防災会の倉庫や防災無線のスピーカーもありました。
【11日の様子】大きな白地図に
みちしるマークを貼っていきます。
実際に歩いて見つけたポイントは、説得力があります。
班ごとに発表しました。
11日に取り組んだ
5年2組の
子どもたちと大学生。
【13日の様子】大学生と
話し合いながらみちしるマークを
貼っていきます。
気付いた点を書き込んだ
減災みちしるべについて発表。
13日に取り組んだ
5年1組の子どもたちと大学生。

学校に戻った子どもたちは、大きな白地図にみちしるマークを貼り付けて「減災みちしるべ」を制作しました。チェック項目を書いた地図を確認しながら、大学生と話し合ってどんどん貼り付けていきます。
問題点や改善方法、要望などを書いた付箋も貼り付けました。
班ごとの発表では「普段から、夜でも明るいところや、家の周りの海抜、津波避難ビルの位置を知っておこうと思った」「公衆電話があまりなかった。もっと増やしてほしい」「歩道がないところを歩くときはもっと注意したい」といった話が出ました。
大学生たちは「みんなが気付いたことを家族に教えてほしい。それが災害に備える大きな力になる。家の中にも危ないところがあるので、ぜひ気を付けて見てほしい」と呼び掛けました。

日岡小学校の皆さんがつくった減災みちしるべマップ

日岡小学校5年1組
日岡小学校5年2組
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九州減災未来実行委員会